第五回 柴田一正さん(映像スタジオ勤務 VFX Artist)

/ 2012年7月10日/ カナダで活躍する日本人


カナダで活躍する日本人、第5回目はトロントの映像スタジオで働くVFX Artistの柴田一正さん(以下敬称略)にお話を伺いました。


QLS : この度は永住権取得おめでとうございます。カナダに来られてからこれまでを振り返ってみてどうでしたか。

柴田 : ワークの延長や永住権の申請では大変お世話になりました。あらためてありがとうございました。2009年1月に当初はESLに通う語学留学で来てから3年ちょっとが経ちますが、今のこの状況は当時の自分からはまったく想像できませんでした。ESL卒業後に仕事が決まったのもとてもラッキーでしたし、さらに今回のスキルドワーカーで申請してから約2年間の永住権取得に至るまで、とても長くもあり、あっという間の出来事にも感じます。途中、何度もワークの延長や永住権のことで心配や不安になることもありましたが、ここまで辿り着けて本当に嬉しいです。でも永住権を取ることが最終目標ではないですから、これから自分の行動力次第でチャンスは広げていけるので、いよいよ自分の実力が試されるかと思うと身の引き締まる思いです。

QLS : さて、柴田さんは日本で会社を経営されていましたが、カナダに拠点を移されることになったきっかけについて教えてください。

柴田 : 日本ではCMやミュージックビデオ、番組のオープニングタイトルなどの編集、合成などの最終仕上げの仕事を15年ほどやってきました。最初は編集スタジオに7年所属してそこで経験を積み、その後フリーランスになり約8年になります。その間に法人化もしました。素晴らしいディレクターや制作スタッフや同僚達、そしてハイエンドな作品に恵まれ、日本でもずっと満足出来る仕事をやってこれました。映像を最終的な形にして仕上げていくことが何よりも大好きなので、たとえ徹夜が続こうが休みがなかろうがそんなことは全然苦にならない超日本的な仕事のやり方でやってきました。 当時は平均睡眠時間が2~3時間の日が続く時も多くありましたね。

でも、ある頃から”もっと自分の世界を広げたい”と思うようになりました。さらに、このペースで仕事をしていたらカラダがもたないとも考えるようになりました。同時に、段々と趣味も増え、プライベートの時間も大切にしたいと思うようになりました。そんな時、昔からいつか海外で映像の仕事がしてみたいという夢を具体的な”現実の目標”として考えるようになりました。海外ではもっと自分の時間にゆとりを持てる生活をしながら仕事が出来ると思っていました。実際来てみてもそうですね。日本で会社勤めであれば30代の後半になってくると現場を離れて後輩の指導を期待されることも多いかと思いますが、僕はあくまで生涯現役で映像製作の場にいたいと思っているので、年齢を問われない海外の環境は自分の目指す環境だと思いました。

そして、なぜカナダかと言うと、以前からスキーやオーロラやあざらしウォッチングのツアー等でカナダ各地に旅行で来ていたので馴染みのある土地だったからです。トロントも程々に都会で街中に自然もあって住みやすい街だというのは以前から感じていました。

映像はハリウッドが本場と言われていますが、近年はバンクーバーにもハリウッドの映像スタジオ進出ラッシュが続いていますし、仕事をして生活をする場としてカナダは自分の理想の場所と考えていました。

QLS :カナダでは現地企業に就職されましたが、就職活動はどうだったですか。

柴田 : カナダに来た当初は結果はどうであれ滞在期間は最長9ヶ月と決めていました。その間にまずは自分の英語力を高めて、あわよくば就職活動してみて、仕事が見つかればラッキー、と思っていました。来た当時は英語も全然話せずTOEICでも500点台前半、語学学校ではLower Intermediateのクラスから始まりました。しばらくして、並行してチューターのレッスンも取るようになり、Job interviewの練習などをして自分なりに少しづつ出来ることはやっていきました。

そして語学学校に半年通った後、まだまだ英語力不足と思いつつもこちらのスタジオにアプライすることにしました。ネットでスタジオの情報を集めてリストを作りました。一般的に必要とされるカバーレターやレジュメ以外にも、日本でやってきた作品をまとめたデモリールをDVDで作成しました。今ではほとんどネットでアプライできますが、当時はまだ郵送するのが一般的だったので印刷したりパッケージにしたりしてなんだかんだで徹夜になりました。その頃にはトロントで働く同業の日本人の友人達とも知り合い、レジュメをチェックしてもらったりデモリールのアドバイスをもらったりしました。この友人達と知り合えたこともとてもおおきかったですね。業界の先輩たちの経験談や現場の生の声は参考になることばかりです。

日本で長年やってきた仕事の経験がこちらの同じ業界で通じるのか?きっと自分以上のキャリアの人なんてゴロゴロいるんじゃないか?英語のインタビューなんて乗りきれるのか?その時はまさか仕事が決まるなんて思ってはいませんでしたが、カナダに来た当初の目的と日本での経験の自信を胸にやるだけやってみよう!とチャレンジしました。当時リストアップしてデモリールを送ったスタジオはトロントを中心にモントリオール、バンクーバー、アメリカの3社も含めると25社です。

そして送ってから約1週間後、最初のコンタクトがありました。テレビドラマ「24」などのVFXやハリウッド映画の仕事をしているLAにあるスタジオからでした。電話がかかってきたのですが、怖くて電話に出られず留守電にしてしまいました。(笑)そして留守電の担当者の名前が聞き取れず何度も聞きなおして、電話で話すことをリストにしてから意を決してかけ直しました。結果的にはビザの事などで決まりませんでしたが、海外のスタジオが自分のデモリールを見て連絡をくれたということでとても嬉しかったし自信になりました。

その後数日して、今度はトロント最大手のスタジオから連絡があり早速Interviewに訪問してきました。King x Spadinaの近くにある総勢100人以上が働いてるスタジオで、最初に担当者と話した後、案内してくれるということで広い社内の各フロアを見せてもらいました。ここで働けたらどんなにスゴイだろうとワクワクしました。担当者の方も非常に親切で手応えも感じました。ひと通り案内の終わった後、聞きたい事はあるかと聞かれ、ワークビザのサポートが必要なことを話すと、後日HR(人事)の方から連絡が行くと言われ、結局そのまま連絡はありませんでした。やはりワークビザをサポートしてまで雇ってもらうというのは大変なのだとあらためて知りました。

そして、3社目の連絡がまたそのすぐ後に来ました。ここは当時リストアップしてた中でも本命の、カンヌで賞を獲ったCMを制作したQueen x Spadina近くにある30人位のスタジオです。メールでは「すぐに人を採る予定はないんだけどデモリールを見て興味があったので話だけでもしてみたいと思って」ということでした。いざそのスタジオを訪問し会議室に案内され、郵送していた自分のデモリールがテレビにセットされた状態で話が始まりました。「このカットはどんなことやったの?」「これはどこがCGでどこが実写?」「このショットはなんのCM?」等々、自分のデモリールに対していろいろ質問され、それに対してどんなことを具体的にやったのか、その時のエピソード等を交えて話しました。この時はチューターのレッスンでやっていたJob Interviewでのシミュレーションがそのまま活かせて、変に緊張することもなく自然に色々話せました。まさに、自分が就職活動対策で準備していたことが100%活かせました。ここが後に僕がカナダで最初に働くことになったスタジオです。 その後あらためて、会社がワークビザをサポートして採用すると言うオファーを頂きました。この時の事は今でも忘れません。今まで生きてきた中で一番嬉しい出来事だったといっても良いでしょう。採用の知らせの留守電を聞いたのはQueens quayのストリートカーの中でした。海外にチャレンジした結果が出せた!日本で長い間やってきたことが海外でも通用する、認めてもらえた!ということで今まで仕事してきた方々の顔が浮かび、すぐにでも日本に電話して報告したい気持ちで一杯でした。でも実際には時差の関係で出来ませんでしたけどね。(笑)

ここまで、デモリールを送り始めてから約1ヶ月。8月終わりのことでした。その後カナダに来た当初の帰国予定だった9月に一旦日本に帰ってワークビザの申請や日本の環境の整理などをして、ワークビザの出た11月末に再びこちらに戻り2009年12月から働き始めました。

その後会社に入ってからいろいろ分かってきましたが、この時に仕事が決まったのは色々なタイミングもあったりして本当にラッキーだったんだと思います。たとえいくら日本で経験があって、それがこちらでも通用すると思われても、色々なタイミングが合わないと決まるものも決まっていなかったと思います。そして、そのタイミングを掴むのは常にそれに向けて準備しているか、行動しているかが大事なんだととても実感しました。

QLS : 実際にカナダの企業で働いた感想はいかがですか。(良かったこと、苦労されたことなど)

柴田 : 入ったスタジオはCM編集で世界的に使われているAutodesk社のFlameというシステムが3部屋とAppleのFinal cutが2部屋ある業界内では中規模なスタジオです。僕は元々日本でもそのFlameを使って仕事をしていたので技術面での心配はありませんでした。 働き始めた当初、自分以外にすでに3人のFlame artistがいて、みんな僕より年上の業界経験も同じかそれ以上の人達でした。自分は4人目のポジションとして雇われましたが、当初なかなか自分に仕事が振られず会社にいるのに何もすることがない日が続きました。サッカーで例えるならせっかく代表チームに入れたのにレギュラーで出場できない選手、のような感じでしょうか。

なぜわざわざ雇われたんだろう?自分はいなくてもいいんじゃないか?と思う日が続いていた入社して1ヶ月ちょっとした頃、先にいた3人のうちの1人がその日当日にレイオフになりました。そしてボスからは「明日から彼の使っていたスタジオをKazに任せるから」と。自分の専用の部屋が任される嬉しさと急にクビを切られる厳しい現実。なんとも言えない複雑な気持ちでした。実際の所、レイオフになった同僚は以前からいろいろトラブルがあったようで、ボスもクビを切る機会を伺っていたところに自分が採用されたということだったようです。

そして、その後は段々と仕事が忙しくなっていきました。 CMの仕事は内容にも寄りますが数日間単位のスケジュールで、最終日には広告代理店やクライアントがチェックに来ます。その際、仕上がったCMに対していろいろ注文が出たりするので、その場でそれに対応し最終的にOKをもらって完成という流れになります。その中でお客さんとのやりとりは当然英語になる訳ですが、語学学校に行き始めてまだ1年も経ってないレベルだったので最初はしどろもどろでした。一応、日本での経験があるので、仕事の内容で説明する時などは専門用語なども交えてやりとり出来るんですが、ちょっとした日常会話になると途端に無口になって会話に入ることも出来ません。これは3年経った今もあまり変わってないですが。。(笑)

何本か仕事を経験して思ったのは日本でもカナダでも、お客さんが求めることは一緒だなぁと。基本的には商品のコマーシャルなのでクライアントは自分たちの製品を目立たせることが第一です。ここをこうして欲しいというオーダーに対しては日本でも同じ経験があるのでどうすればクライアントに喜こんで頂けるかというポイントは日本と全く一緒でした。これはある意味拍子抜けしたところでもありました。(笑)

日本では朝10時から夜の26~7時、時には貫徹で仕事をすることが多々ありました。でもこちらでは定時を過ぎて仕事することはほとんどありません。最初に作業内容に対して一日8時間で何日かかるか時間の見積もりを出すので大きく狂うことはありません。ごくたまに土日に出たり徹夜をしたりもありましたが、去年1年間で2,3回ですね。日本では24時前に仕事が終わるのが年に2,3回でした。(笑)

でも、そんな日本の環境も決して悪いことばかりだとは思ってません。特に若いうちにそれだけ身を粉にして働けるということはイコール経験を積めるということでもあると思います。カナダでは特に業界に入りたての若い人が経験を積みたくても徹夜で残ってまで仕事をしてる人はほとんどいないんじゃないでしょうか。日本では嫌でもそういう環境です。なので、同じ2~3年の経験だとしても日本でキャリアのある人はこちらの人より遙かに技術が優れていることになると思います。もちろん、個人差もあるので単純には言えないかもしれませんけどね。たまにお客さんに「日本にいた頃は10時から5時まで働いてた。朝の5時だけどね」、「日本では15年やってたけど、カナダの経験で換算したら30年位になると思う」というジョークを言ってました。

QLS : 日本での活動も含めて常に波に乗って来られている印象がありますが、何かその秘訣、普段心がけているようなことはありますか。

柴田 : 自分でも思いますが、本当にここまで来れてるのはいろいろな運やタイミング、人との出会いに恵まれてきたからだと思ってます。たとえば、日本で同じ年数経験してる人の中でも、僕は特に、以前いた会社で優秀な先輩方からたくさんの事を学んだり、数々の一流の作品に巡りあえたり、才能のある素晴らしい監督さんやスタッフの方とお仕事させて頂いてきたり、そんな出会いに恵まれ、こちらに来てからもさらに自分にとって多大な影響を受ける人達と偶然に知り合うことも多くあり、これは何かに見えない力に引き寄せられてるんじゃないか、と思うほど怖いくらいに次から次へと繋がって行きました。これらのことがなければ今の自分はなかったと思います。

なので、波に乗るための秘訣というものでもないんですが、人との繋がりを大事にするというのはひとつ言えると思います。そして、そんな人との繋がりを作るのは何よりも自分の行動力なんじゃないかと思います。家でこもって考えてばかりいても何も始まらないので、ある程度考えたら次に行動に移すことが大事ですね。僕の場合、行動に移す数年前から海外にチャレンジすることは考えてましたが、38歳の誕生日の日にカナダに来ることを決断しました。それまでの日本での仕事を一旦休止するというのは当時とても迷いましたが、その時に決断してなければ今の自分はなかったと思います。

その後、ワークの延長や永住権の取得に至るまで、数々の場面で怖いくらいに偶然のタイミングで進んできたことがあります。あとから振り返ったらあの時ホントはギリギリだった、ということが多々あります。でもやはりその時その時に自分のやるべきことを考え実行していったことが今の自分につながっているんだと確信してます。 同時に、そんな偶然や運を恵まれているのはご先祖様にも見守られてるからだと僕は思ってます。なので日本に帰った時は必ずお墓参りにいきます。

QLS : 今後の展望を聞かせてください。

柴田 : じつは先日、永住権が取れたタイミングで2年4ヶ月働いてたスタジオをレイオフになってしまいました。会社の業績が良くなく前々からいつそんなことが起こってもおかしくないと覚悟はしていました。それなりな給料をもらっている自分のような者からクビを切られるのはよくある事と分かっているので会社に対しては悪い印象よりも、最初にカナダで働く機会を与えてもらったことの感謝の気持ちの方が大きいです。

さらに、その会社の紹介で休む間もなくすぐに次のスタジオも決まりました。今まではずっとCMの仕事をやってきましたが、今度の職場はハリウッド映画をやっているスタジオです。自分としては海外で働く目的のひとつであったし新しい経験もできる所なのでとても楽しみです。まだ働き始めたばかりですが、永住権が取れた今、今後は自分のやりたい仕事が出来る環境にさらに積極的に挑戦していきたいと思ってます。映画のスタジオはプロジェクト毎のコントラクトの所が多いので、新しいところもまずは4ヶ月の契約ですがその間にまた次の仕事が入って延長される可能性もあります。さらに、3年前には調査不足で知らなかったもっと大手のCMをやっているスタジオがあるのでそこにも挑戦してみたいと思ってます。じつはそんな中のスタジオから先日interviewの話も来ました。なので、4ヶ月後はまたCMの仕事をしているかもしれません。

今後はCMでも映画でも、日本でもカナダでも自由に飛び回って、自分のやりたい仕事や環境を目指していきたいですね。永住権が取れるまではそれがひとつの目標でしたが、これからは自分の経験と実力でガンガン自分の世界を広げて行きたいと思います。それが海外を目指した最初の目的でしたからね。

QLS : 本日は柴田さんのカナダでの貴重な体験談を楽しく拝聴させて頂きました。今後共よろしくお願いします。