第三回目 鈴木ドンさん(指圧クリニック経営)

/ 2010年8月19日/ カナダで活躍する日本人


カナダで活躍する日本人、第3回目はトロントと日本に合計4店舗の指圧クリニックを経営しつつ、自らも指圧マッサージ師として地元カナディアンに過去20年にわたって施術を提供してきたTokyo Shiatsu Clinicの鈴木ドンさん(以下敬称略)にお話しを伺いました。


QLS : カナダでビジネスを始めたきっかけは?

鈴木 : 1990年6月1日、大韓航空で(笑)ワーキングホリデーとして初めてカナダに来ました。予め決めていた職場で指圧マッサージ師として働きながら1年間思い切り遊んで、帰国後は接骨院を開業する予定でしたが、全く予想外の展開になりました。まずこちらに来て驚いたのは、こんなにもらってもいいのかと思うくらい給料が良かったんですよ(笑)。当時の日本の指圧業界はまさに丁稚奉公の世界で、師匠から技術を学ぶという名目の下で非常に安い賃金で長時間労働を強いられていたので、トロントに来て歩合制というのがあるのを知った時は衝撃的でした。つまり、自分が施術したお客様の売上げの50%を週払いで支払われ、ローケーションが富裕層の居住区でしかも当時は今ほど競争相手がいなかったせいもあり時給も高く、短時間でかなりの稼ぎになりました。これなら日本に帰って開業するよりトロントに留まった方がはるかにいいんじゃないかと思ったんです。それと日本とのもう一つの大きな違いは、カナダではお店にお客が付くのではなく、個人と個人の関係においてお客が“自分”に付いているという実感があります。この人たちが自分のお客としてついて来てくれるなら、店舗を借りて自分で始めても十分やっていけそうだという直感みたいなものがありました。

QLS : 鈴木さんには海外で起業することの不安はあまりなかったようですね。

鈴木 : もともと家が自営業だったので、感覚的に商売というのがどんなものかはわかっていたんだと思います。結局どれだけ入ってきて、どれだけ出て行くかに尽きますからね。それと、私の場合は日銭を稼げる仕事だったので、いざとなれば休みなしで長時間働けばいいし、起業には何のためらいもありませんでした。また、英語が必要ない、むしろ英語ができない方が本物の日本人らしくて信用される(笑)という点も有利だったと思います。あと、現地の人が相手なので日本ではちょっと恥ずかしくてできないことでも、海外だからできたということもありました。

QLS : 恥ずかしいっていうのは例えばどんなことですか?

鈴木 : ヤング通りに椅子を並べて、街頭を歩いている人を直接勧誘したり、日本ではとてもできないけれど、ここでは旅の恥はかき捨てみたいな感覚で(笑)、プレートに“10ドルでマッサージやります”と書いて“シアツ、テンダラー”と言うとこっちの人は面白がってお客になってくれました。ちょうどその頃日本人経営の寿司レストランがあちこちにでき始め、日本ブームに火がつき始めた頃だったと思います。日本車も目に付くようになっていました。

QLS : やはりビジネスの立ち上げには想像しがたい苦労がつきものだということですよね。指圧に対するカナダと日本での一般的なニーズの違いはありますか?

鈴木: 日本の“マッサージ屋”、“按摩さん”と言ったイメージとはかなり違っていて、カナダではプロフェッショナルとして扱ってくれるのを感じます。東洋のお医者さんという印象を持っているらしく、こちらの言うことを真剣に聞いてくれるし、西洋の医者と同じくらいのリスペクトを持って接してくれるので仕事をしていて気持ちがいいですね。実際、健康上の問題、例えば、更年期障害、腰痛を抱える人、西洋医学上で数値的には何ら問題がないけど何となく具合が悪いという、病人になる前の言わば“半病人”の方がクリニックを訪れます。そういう患者さんは期待レベルも高いので、例えば、痛みのある人の痛みがなくなるようにきちんと結果を出さなくてはいけないというプレッシャーが常にあります。但し、日本人の患者さんとの場合のように一歩踏み込んだウェットな関係になることは稀で、ここではとてもビジネスライクな関係です。施術の時間が終わるとその後患者さんのことを引きずることはなく、スパッと切り替えられるのがいいところです。

QLS : ビジネス上で日本とカナダの違いはありますか。

鈴木 : 日本との一番との違いは、日本人は一般的に新しい物好きで、NYなどの大都市もそうだと思いますがオープンして数カ月でピークに達するんですけど、内容が伴わないとその後じり貧になっていくんですね。それに対してこの国の場合は最初オープンした時は閑古鳥が鳴いていますが、その後地道にやっていくとじわじわと売り上げが伸びて安定してくる。そして、その後は余程のことがなければ売上が激減することはありません。多民族国家なので基本的に相手を簡単に信用しない。その代りに一旦落ち着けるところが見つかると簡単には浮気しないという特徴があります。日本人の方が浮気性なんですね(笑)。日本食レストランの経営者も概ね同意見です。新しいメニューを出しても全く人気が出ず、ローカルのお客さんは自分が気に入った同じメニューを何年もずっと食べ続けるのだそうです。ですので、カナダでローカルを相手にビジネスをしようとすると最初の数年はきついので、それなりの資金と覚悟が必要になります。

QLS : そうなるとやはり最初はどこかのクリニックで働いてから独立した方が良さそうですね。ところで、鈴木さんのクリニックではワーホリで来る人を毎年募集されていますが、トレーニングなどは提供されているのですか。

鈴木 : 最初の頃はかなり手厚くやっていました。飛行場まで迎えに行って、住むところも手配して、飲ませ食わせした挙句、ナイアガラの滝だけじゃなくてアルゴンキンパークまで連れて行ったこともあります。それでいざ働く段階になったらやっぱり辞めますと言われたときはさすがに頭にきましたね。日本から来る人はそれくらいもてなされて当り前だと思っているんですかね。ニューカマーを助けるのは現地の日本人として当然だと。当時の“電波少年”の影響でしょうか(笑)。そういうこともあって無料でトレーニングを提供するのは一切やめました。それで指圧のプライベートスクールを立ち上げたんですが、その方が受講生も真剣なのでやりがいもあるし、ビジネス的にもよっぽど良かったです。

QLS : 色々試行錯誤をされてきたわけですね。鈴木さんのお店は現地スタッフも雇用されていますが、マネジメント上の苦労はありますか。

鈴木: スタート当初、受付をはじめ私以外のスタッフは皆ローカルのカナディアンでした。大みそかの日に今日は大掃除だと言ったら“I beg your pardon?”と言われました(笑)。それから、ガムを噛みながら施術する人がいて、どうやったらやめされることができるか悩みましたね。こちらの人はロジカルに説明しないとなかなか納得しません。ガムをかむことによって集中力が高まるという医学的な見解もあるくらいなので説明に困ったのですが、結局、指圧は東洋のものだから、ダメなものはダメという訳のわからない説明で押し切りました。何でもかんでもロジカルに説明できないし、する必要もないということですね。それから、中国系の指圧師を雇用して失敗したことがあります。中国では偽の資格証明書も珍しくなく、そういう人はとにかく仕事に対するパッションがなくて、ある時顧客ファイルから情報を書き写しているのを見つけました。昨今はUBSソケットで簡単に情報を盗むこともできるので情報管理は本当に頭の痛いところです。

QLS : 最後に今後の展望は?

鈴木: あと数店舗増やして日本から技術を持ってカナダに来る人をもっと多く受け入れるためのキャパシティーを増やしたいと思っています。

QLS : それはいいですね(当社にとっても)(笑)。本日はお忙しいところどうもありがとうございました。

P.S 鈴木さんにトロントのどんなところが好きかと聞いたら“空気の軽いところ”と間髪入れずに返ってきました。うまいこというなと感心しました。(2010年7月17日)