第十回 山本真希子さん(トロントヘアスタイリスト)

/ 2014年1月7日/ カナダで活躍する日本人

カナダで活躍する日本人、第10 回目は2010 年11月にワーキングホリデーで渡加し、3年後連邦スキルワーカーから永住権を取得。トロントの高級ショッピングエリア、ヨークビルの “DF Salon ”でヘアスタイリストとして活躍中の山本真希子さん(以下敬称略)をご紹介します。


QLS:この度は永住権取得おめでとうございます。真希子さんは初めてオフィスに来られた日に即契約されて、その決断の早さに驚いた記憶があります(笑)。その後もオンタリオ州のライセンス、ワークパーミット、永住権へと順調にハードルをクリアされて、これまで最短距離を走ってこられた印象があります。この3年間を振り返ってみてどうでしたか。

山本:職業柄、サロンで既に移民になられている日本人のお客様とお話する機会が多いのですが、つくづく私の場合はラッキーだったと思います。まずカナダに来て3カ月くらいしてから友人を通じて紹介してもらったのが今の職場ですが、面接後、お互いの条件が合いすぐに採用されたのでその他の就職活動は一切しませんでした。その後は、ワークパーミットを取得するためにはまずオンタリオ州のライセンスが必要だったので、店の近くの美容学校で教科書を手に入れて勉強を開始し、試験に臨みました。それでなんとかライセンスを取得して無事ワークパーミットを取得できました。その後も休む間もなく永住権申請の準備を始めたのですが、仕事をしながらだったのでとにかく忙しかったです。永住権の申請書を提出して受理の通知が来た時はホッと一息つけました。永住権申請中は途中でワークパーミットが切れるんじゃないかと不安になることもありましたが、ここまで順調に来られて本当に良かったです。

QLS:もともと海外で働きたいという希望はありましたか。

山本:はい、学生の頃から海外にとても興味あって、海外で暮らすにはとにかく何か手に職をつけないと、と思ったんです。それで当時ヘアスタイリストか歯科技工士のどちらか迷ったんですが、結局ヘアスタイリストを選びました。それから7年間同じ職場で働いて、最後の方は若い人を指導する立場になりました。それで気がついたら30歳になっていたので(笑)急いでワーキングホリデーに応募しようと思いました。本当はイギリスに行きたかったんですが、募集から2日後には締め切られてしまったので、カナダに来ることになりました。

QLS:日本ではベテランのスタイリストとして活躍されていたわけですが、カナダのサロンで戸惑いや苦労はありましたか。

山本:やっぱり一番の問題は言葉の壁ですね。お客様の言うことを本当に理解しているかどうか自信がないことがあって、それが表情に表れてしまうせいか、お客様の方も“この子本当にわかってるのかな?”という不安な表情をされるんですね。それでお互い不安なまま時間が過ぎて最後まで行ってちゃんとコミュニケーションが通じていることがわかると、お互いにホッとした表情になるということがよくありました。特にロケーション柄、若い人よりも昼間働いている人が仕事の合間を縫ってカットに来たり、ショッピングの後に立ち寄ったりなど、客層は比較的落ち着いた雰囲気の方が多いので、ただでさえ一般的に見た目が年齢より若くて幼く見える日本人が担当すると、なおさら“こんな若い子に任せて大丈夫なんだろうか?”と不安を煽っていたんだと思います (笑)。

QLS:なるほど、ヘアサロンに行って世間話をしたい人たちも多いので、それが外国語となると大変でしょうね。

山本:そうなんです。日本人のお客様の中には日本語を話したくて来られる方も多くて、お互いに情報交換や前回来られて以来の出来事を報告しあったりして、髪を切りながら話が弾むのですが、英語となると集中する必要があるので、途中で手が止まってしまうんです(笑)。最近はだいぶ慣れてきて“英語上達したね”と言ってくれる常連のお客様もいるので、少しは良くなったのかなと思っています。

QLS:最近はトロントも日本人のヘアスタイリストの方が増えているような気がします。中には“日本人へアスタイリストオンリー”と謳っているサロンもあるようですが、日本人スタイリストが人気のある理由は何だと思いますか。

山本:うーん、カナダ人と比べて日本人へアスタイリストが特に技術的に優れているということはないとは思うんですけど、やっぱり丁寧さや、日本人特有のきめ細かいイメージがあって、それがローカルの人にも受けているような気がします。もちろん、中国系の若い女性の中には日本人の流行の髪型に憧れを持つ人も多くて、わざわざ日本のファッション雑誌を持ってきて、こういう風にして欲しいとリクエストされるお客様もいます。あとは白人のお客様の中でも稀に直毛の人がいて、そういう人は直毛の髪の扱いに慣れているアジア系のヘアスタイリストを好まれたり、日本ではパーマはごく一般的ですが、カナダではリクエストされる機会が比較的少ないせいか、パーマの場合は、自然と経験豊富な日本人スタイリストが指名されるといったこともあると思います。実際私のサロンでもパーマ希望のお客様は私のお客さんが一番多いです。

QLS:なるほど。やはり人種のるつぼと言われるトロントのような都市ではお客のニーズも様々なんですね。サロンでの仕事のやり方について日本とは違いがありますか。

山本:一番の大きな違いは、例えば、日本では髪を切る人とアシスタントとしてシャンプーをする人が完全に分かれていて、サロンの中で従業員同士が“空気を読みながら”お互いに役割をこなすようなところがありますが、カナダのサロンではスタイリスト一人一人が完全に独立していて、カットからシャンプーまで全て一人で受け持ちます。なので、サロンの中でお客様と自分だけの世界ができ上がっていて、周りに気を使うこともなく、そういった点では精神的にとても楽です。また、日本は完全な縦社会で先輩が後輩を育てていくという意識が強く、そのために社内の勉強会も活発ですが、カナダではそういったことは一切ないのも大きな違いです。それと、トロントでは色々なバックグランウドのお客様がいるので、それぞれのやり方に合わせる必要があります。例えば、日本人のお客様は一般的にお互いに意見をすり合わせながら最終的にお客様が満足する髪に仕上げていくというパターンが多いですが、日本人以外のお客様の中には、むしろスタイリストはその道のプロなだから自分に最も似合う髪型を自分以上によく知っているはず、と完全に任せてしまう人も多いです。

QLS:報酬システムはどうなっていますか。

山本:こちらは完全な歩合制なので、頑張って働けば働くほどたくさんもらえます。自分にはこのスタイルの方が合っている気がします。もちろんいい月と悪い月の差はありますが、一旦固定客がつくと極端に変動することも少なくなって、更にチップもあるので嬉しいですね(笑)。それがもっと進んだ形として、こちらには“椅子貸し”というシステムがあって、場所だけ借りて完全に独立して仕事をするヘアスタイリストもいます。薬剤も全て自分で持ちこんでお客様から直接支払いを受けて、サロンには家賃だけ払っている感じです。そういう人は電話をとったりなどサロン内の雑務は一切しないし、他のスタイリストとも最低限のコミュニケーションしかしないという独特の世界です。

QLS:最後にこれからカナダに来られる方ヘメッセージをお願いします。

山本:実は私はカナダに来てすぐ1カ月して交通事故に合いました。いきなり信号無視の車にぶつけられて救急車で病院に運ばれました。幸い怪我はたいしたことなかったのですが、あまりのショックでしばらく口がきけず、涙がとまらず、警察官の質問にもろくに答えることができませんでした。あの時は本当に辛かったです。エージェントの人が病院に付き添ってくれて、色々検査を受けたり、保険の処理をしたりするのを手伝ってくれました。正直もう日本に帰ろうとも思いました。でもそれからしばらくすると、物事が本当に順調に進みだしたので、今から思うとあの時日本に帰っていたら今の自分はなかったと思います。海外に来れば予想しないこともたくさん起こるし、心細くなることもあると思います。でもそれを乗り越えるとまた違う世界が広がってくることもあるので、是非最後まで諦めずに夢をつかんで欲しいと思います。

QLS:そんなことがあったとは知りませんでした。本当に無事で良かったです。今回のお話をきいてヘアスタイリストという職業は、日本人がその強みを生かして海外で戦える分野だという印象を更に強く持ちました。これからも山本さんはじめ日本人スタイリストさんには是非トロントで活躍して欲しいと願っています。今日はお休みのところお時間を頂きありがとうございました。